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最後の夜勤

今日は、今の部署での最後の夜勤でした。
朝の9階から見る外の風景が大好きでしたが
それも今日で最後になりました。
患者さんから、名前呼ばれるのも今日は新鮮に感じました。

4月からは6階になります。
新たなスタートです。
頑張ります。
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最後の夜勤

4月から部署異動なります。
今日と明日は今の部署での最後の夜勤です。
5年間慣れしんだ部署でした。何よりもスタッフがいい人に恵まれて本当に助けてもらいました。

そろそろ異動を考えてはいましたが、いざとなると不安が押し寄せてきます。
頑張るしかないと自分にいい聞かせていますがどうなるかな。
リタイアしないようにしないととは思っています。

友人に

私の一番の友人は、いつも、私が困った時は自分の事の様に考えてくれてアドバイスくれました。本当に嬉しかったです。
でも、今後は私が自分の事は自分で解決できるように頑張ってみます。今年から友人も仕事が忙しくなります。今度は、私が友人を見守っていきたいと思います。
今まで、友人に本当に助けてもらいました。今までの事は忘れません。

離れても、遠くら応援させてもらいます。
また、時々ブログ覗いて見て下さい。私の頑張っている姿を見てください。
実際に会ったり、メールでは泣いてしまいそうなのでブログで言わせてもらいました。

異動

25日は看護部の異動でした。今の部署は今年6年目で自分の中でも、今年異動かなって思っていました。
自分が絶対行きたくない科は、呼吸器と循環器でしたが、6年前に今の呼吸器科に配属なり、最悪と思ってましたが、優しいスタッフに恵まれて今まで頑張ってこれました。
そして、今回はまたしても苦手な循環器病棟に配属になりました。
心電図のモニター見てもわからないし、心臓カテーテルの検査には救急室勤務した時はついていましたが、病棟での観察も全然わからない。わからないのはあたり前なんですが。
決まった事なので自分なりにやれる事をやるしかないと思っています。
歓迎してくれるスタッフもいました。
それだけでも嬉しく思います。
4月から気合い入れて頑張るぞ!

笑い声

今日は、子供の友達が6人遊びにきました。
毎日暗いニュースと余震で笑い声も聞こえませんでしたが
久々に家に笑い声が聞こえてきました。

こんな世の中ですが、どうかこの子供達がしっかり生活できる様にしてほしいです。

原発の電源復旧

毎日テレビで原発の事が報道されています。

原発の恐れはだれもがあると思いますが、そこで命がけで働いている方には本当に頭があがりません。
家族の方の心配も並大抵ではないと思います。記者会見で、レスキュー隊の副隊長が涙声で隊員と隊員の家族にお礼と申し訳ないと謝罪していました。
それを見て涙が止まりませんでした。きっといつもは厳しい上司なのでしょうね。それが涙声で話すくらいですから、辛い決断で隊員を現場に送り出したのだと思いました。

本当に隊員の皆さんや消防士の方々にはご苦労様と言いたいです。

久々

毎日が暗いニュースで気持ちまで落ちこむ毎日です。
今日、子供から頼まれて買い物にいった店の中には、色んな可愛い物が沢山揃ってあり、見てるだけでも心が和んできました。
そして見つけてしまったんです。観葉植物、もみじ。買って下さいと言わんばかりに目に入ってしまったんです。
店の人は、「このもみじは秋になると紅葉しますから楽しんで下さい」と笑顔で話してくれてまたその笑顔に和まされました。今日から、楽しみができました。

大事に育てたいと思います。
秋に紅葉をみることができます様に…。

いい知らせ

知人が岩手にいます。今日メールしてみたら返信がきました。家族は皆無事との知らせでした。
なんとか、頑張ってると嬉しい知らせでした。
その知人は、看護研究で原稿を書いたのを点検してアドバイスくれる人でした。
本当にお世話になってる人だったので無事で良かったです。

ガソリン不足

夜勤帰りの朝2時に家に帰る途中道路にすごい車が並んでいました。先はガソリンスタンドのようです。
山形はここ数日冬型の季節で寒さが半端でなく雪もすごいです。
そんな寒さの中、エンジンを止めて待ってるのを見て今までの生活が余りに裕福しすぎたのだと思いました。
私自身、自分の車のガソリン代が月いくらかもわからないし、燃費がいいのか悪いかもわからず、ガソリンはつめほうだいみたいにしてきました。
節約なんてしていなかった事も今回の災害で反省です。

テレビみるたびに、災害にあった人達が可哀想でなりません。
今、蕁麻疹の薬をもらいに診察にきていますが、まだもらえるだけ幸せかなって思っています。
早く、皆がまた笑顔で暮らせる日がくる事を願います。

福島原発

子供のブログを覗いたら、福島原発の内容でした。子供は、放射性の物質が大量に飛び散ってる危険な区域で必死で社員が働いている事はすごいと書いてました。自分はまだ18才で何もできないけど何か助けになることはないかと、献血をしたいと書いてありました。
子供なりに今回の地震を体験していろんな事を考えているんだと母は嬉しくなりました。

また地震

昨日はまた静岡で地震がおきました。震度6でした。
福島の原発も油断できないし怖い毎日です。
夜も余震で不眠症になって自分のからだもおかしくなってしまいます。

早く元の生活にもどりたいです。

地震3日

昨日の夜に電気が通じて今日の日中は天気もよく地震3日目に入りました。3日前の地震は嘘のような感じがします。
でも、テレビをつけると映像と、余震が嘘でない事を物語っています。
テレビを見るたびに津波の恐ろしさと、家族が離ればなれになって泣いている人を見ると他人事とは思えません。
今まで生きてきてこんな地震の怖さは初めてです。
また、こんな地震がくるのでしょうか。
テレビでは、まだ大きい余震がくると言ってます。
生きている心地がしません。

地震

仕事中にいきなりの地震。病棟が9階なので揺れがすごくて立っていられませんでした。
患者さんのところに行こうとしても、歩けないのですから。
怖くて死ぬかもしれないと思ったくらい怖かったです。
何回も余震がありそのたびに患者さんのところにいきました。停電なのでテレビもつかないので情報がとれません。
患者さんのラジオで山形は震度5強と聞いて今までで最高かもしれません。
患者さんの食事も給食で渡せなくて、看護師も手伝いながら夕食を渡して帰ってきました。
家についても、余震がすごくて怖くていれないのと、温度がとれないので、車に避難して快適に過ごしてます。
ゴーヤさん、心配してくれてありがとうございました。

送別会

今日は、今年退職する医師の送別会でした。
いつもは、開会と閉会は医師が話すのですが、患者が急変したため医師が来れなくなった為、急遽、閉会の言葉を自分が言わなければならなくなりました。何も考えていなかったので、医師との出会いと患者と向き合う事を教えてもらった事を話、最後に医師の未来に乾杯をしました。

何しろ口下手なので上手く話せなくて、あがらずに話せる何か秘訣あれば教えて欲しいです。

外はまだ寒いけど、雪も溶けて春がそこまできているきがします。
春は、他の季節とちがって気持ちが落ち込みます。今もなんとなく気分がうつになって何も手につかないかんじがしてます。
毎年、春は苦手な季節です。

手作りチョコ

昨日、夜中にキッチンの電気がついていたので誰がいるのかと覗いたら子供でした。
何をしているかと思ったら、ホワイトデーにあげるトリュフを作っていました。
練習だからと言ってましたが、本を見ながら必死に作っていました。
誰にあげるよりも楽しみながら作ってました。まだ、途中でしたが味見させてもらいました。ビックリ美味しかったです。
本番は、母にもくるのか楽しみにしています。

私服

子供からのメールで、友達と一緒に服を買いに来ているけど、自信がなくて買えないとのことでした。
近くにいたのでどんな服を選んだのかちょっと拝見。

お友達も買い物かごをもって各々服を選んでいました。

息子を見つけて私が目についた服を指指すと、それ買ったと買い物かごに入ってました。

なんと、上下色を考えて買ってました。
母が口出すこともなく、母からプレゼントにズボンを買ってあげました。

夜に、お友達同士で今日買ってきた服を着て写メの交換、コメントつきでした。なんとも可愛くてまだまだ子供だと思った一時でした。

永年勤続送別会

今日は、永年勤続退職者送別会でした。
定年まで働くって大変なのに、雛壇に上がった方たちは人生の半分を病院で働いた事になります。本当にご苦労様でした。
退職者全員からは、病院での楽しかった思い出が沢山あったと話されていました。もし自分が辞める時はそんな言葉がでるのかなぁー。
今は、まだまだ自分が雛壇に上がる事なんて考えられませんが、いずれは、今日の日がくるのでしょうね。
それまで、沢山思い出をつくりたいと思います。

最後の講演

今日は、今一緒に働いている医師が今年定年で退職するので、最後に講演会で自分が患者と向き合ってきた今までの事を話してくれました。
医師もですが、今年は、看護部も部長、副部長と辞めます。
副部長は、私が新人の時の師匠でした。
一から教えてくれた方でした。その副部長からも会議の中で最後の言葉をもらいました。

どんどん先輩が辞めていきます。
いずれは自分もその立場になる日が来るのかと思うとなんともいえない気持ちになります。

卒業式

今日は、子供の卒業式です。
高校ともなると本人も感動とか先生に対しての恩もないようです。
思い返せば特進で三年間は辛かっただろうと思います。
高校生活の一番楽しい時期を毎日勉強で終わってしまった三年間だったのかな。
でも、それでも辛いの一言も言わずに三年間通い今日卒業です。
三年間頑張ったね…母から卒業の言葉です。
大学受験の前は反抗期にはいり壊れ物をさわるように母は耐えました。
今は普段の子供に戻りましたが、今度は親元を離れて行きます。
それも、子供の成長だと思い見守っていきます。
母からも卒業していく息子に、今度は、「頑張ってね」とエールを送ります。
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